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カルテのないC型肝炎患者の闘い(20)

2016年03月15日 カテゴリー:C型肝炎給付金請求訴訟

本人がフィブリノゲン製剤の小さな瓶を見た

1. 国代理人:「ちょっと後で。その後、その透明のガラス瓶を点滴スタンドにぶら下げたというお話でしたね。」
原告:「はい。」
国代理人:「これについて、看護師さんなりお医者さんなりから何の薬だっていう説明はありましたか。」
原告:「止血剤。」
国代理人:「そもそもフィブリノゲン製剤という製剤があるのを知らされたのは、どんなきっかけからだったんですか。」
原告:「新聞に載るようになってから。」
国代理人:「訴訟の記事を見て、フィブリノゲン製剤という製剤の名前のものがあることが分かったと。それがその小さい方の透明のガラス瓶のものだというふうにあなたが思うようになったのは、どういった理由からだったんですか。」
原告:(聴取不能で、原告はスケッチブックに書いた。)
国代理人:「 「出血がひどいときに止血剤を打った、あと、体がだるくなる日がある、微熱が出やすい」 と記載があるんですが、ちょっと確認で、まず一つ目なんですが、出血がひどいときに止血剤としてその製剤が使われていたというふうに報道なりで見たからという理解でいいですか。」
原告:「はい。」

2.原告に対する本人尋問の時間は2時間弱たっぷりかかり、車いすの原告は、だんだん声を出すのもつらくなっていった。
小さい透明のガラス瓶にこそ、フィブリノゲン製剤を蒸留水50ccで溶かした溶液が入っていたのだ。
この瓶の高さは、約11センチメートル直径は、約4,5センチメートル
ミドリ十字は、フィブリノゲン製剤1グラム(乾燥してある白い粉。瓶の中は真空)の入ったこの瓶と、蒸留水50ccの入ったさらに小さい瓶をセットにし、活栓等をつけて、売っていた。
セールストークは、「フィブリノゲン製剤は、止血の効果が高く、便利です。止血効果は、アドナやトランサミンとは比較にならないほど、高く、しかも、セットの蒸留水で溶かして、瓶を逆さにして点滴スタンドにぶら下げて静注すればよいようにしてあるので、便利です。」というものだと医師に聞いた。
原告は、フィブリノゲン製剤の瓶を看護師さんが持ってきて、点滴スタンドにぶら下げて、自分に点滴されているのを見たのであった。
それにしても、原告本人は、よく答えた。
目は尋問者を見据え、力を振り絞って、記憶にあることを真剣に答えた。

 

3.補助参加人である田辺三菱(元ミドリ十字)は、「医療関係者(彼らは医師を重視する。)でなくては意味がない。原告本人が何十年も前のことを覚えていると言っても信用性がない。本人尋問を採用するのは反対だ。」という主張をした。
ミドリ十字が、肝炎やエイズに感染することをわかっていたにもかかわらず、アメリカの貧民窟の人達の血をプールした血しょうから製造した血液製剤を売って、甚大な被害を与えたことを、全く反省していないのだ。
田辺三菱の代理人も、国の代理人も、原告本人や、証人医師をやりこめることが自らの職責だと誤解している。
C型肝炎特別措置法は、前文において、
「フィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤にC型肝炎ウイルスが混入し、多くの方々が感染するという薬害事件が起き、感染被害者及びその遺族の方々は、長期にわたり、肉体的、精神的苦痛を強いられている。
政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、感染被害者及びその遺族の方々に心からおわびすべきである。さらに、今回の事件の反省を踏まえ、命の尊さを再認識し、医薬品による健康被害の再発防止に最善かつ最大の努力をしなければならない。」
「一般に、血液製剤は適切に使用されれば人命を救うために不可欠の製剤であるが、フィブリノゲン製剤及び血液凝固第IX因子製剤によってC型肝炎ウイルスに感染した方々が、日々、症状の重篤化に対する不安を抱えながら生活を営んでいるという困難な状況に思いをいたすと、我らは、人道的観点から、早急に感染被害者の方々を投与の時期を問わず一律に救済しなければならないと考える。しかしながら、現行法制の下でこれらの製剤による感染被害者の方々の一律救済の要請にこたえるには、司法上も行政上も限界があることから、立法による解決を図ることとし、この法律を制定する。」
と規定している。

脳症で舌も回らないのに、必死で本人尋問に答えたC型肝硬変、肝がんのこの原告を救済することこそが、国とミドリ十字の責務だと思う。

カルテのないC型肝炎患者の闘い(19)

2016年03月01日 カテゴリー:C型肝炎給付金請求訴訟

C型肝硬変、肝がんの方の本人尋問

1.平成27年12月2日、急遽、原告の本人尋問が行われた。

命がいつまであるかわからないため、予定されていた放射線技師の証人尋問を次回にまわし、急遽本人尋問を行ってくれるよう、原告側から頼んだのであった。
この原告は、肝硬変が重く、肝がんも発症していて、いつ、昏睡状態になってもおかしくないと医師から診断されていた。
生きておられるのが不思議なくらいであった。
それでも、どうしても裁判官に聞いてもらいたいという、強い強い意志があった。
昭和47年3月7日に第1子をK産婦人科で、昭和49年10月11日に第2子を名古屋市立病院で出産したが、主治医は2人ともすでに亡くなり、K産婦人科の助産師が誰なのかもわからず、名古屋市立病院の助産師の行方もわからなかった。
そのため、原告本人が一番の証拠であり、付き添っていた夫が2番目の証拠だった。
原告は、肝硬変のため、アンモニアが脳にいっていて、舌が回らなくなっていた。
簡単なことは聞き取れるが、「1」が「2」のように聞こえたり、ただ「ワウワウワウ……」と言っているように聞こえたりした。
よって、代理人である私も打合せに苦慮し、筆談で少し行なうことができただけだった。
陳述書は、同居している第2子の二女の方に作成をお願いするしかなかった。
幸い、字を書くことができ、人が何を話しているのかが聞こえ、理解することができた。
そこで、本人尋問では、スケッチブックと、筆圧が弱くても書けるマジックの細ペンを用意して、聞き取れない場合は、スケッチブックに書いてもらうことにした。

2.そのような原告に対して、国代理人ら(検察官が判検交流で国の代理人である訟務検事となっていた。また、必ず医師資格を有する官僚が加わる。)は容赦なかった。微に入り細に入り、長時間にわたって、尋問してきた。

例えば、一部分だけ紹介すると、次の通りである。
国代理人:「気が付いたときは、もう個室に移された後だったというお話でしたね。先ほどの質
問に対するお答えで、気が付いたのが午後3時頃、3時過ぎだったというお話でした
か。」
原告:「はい。」
国代理人:「気が付いたときには、病室に旦那さんとお母さんがおられたということなんです
ね。」
原告:「はい。」
国代理人:「気が付いたとき、頭とか腕とか足とか、動かすことができましたか。」
原告:「・・・・・。」
国代理人:「記憶がないということですね。気が付いたときは、やはり点滴は打たれた状態だっ
たということなんですか。」
原告:「はい。」
国代理人:「その気が付いたときに打たれてた点滴というのは、何種類だったんですか。」
原告:「1種類。」
国代理人:「1種類。1種類のその点滴なんですが、何色の薬だったかというのは分かります
か。」
原告:「透明で。」
国代理人:「これも透明ですか。瓶に入ってたか。」
原告:「はい。」
国代理人:「その後、下から出血があって、看護師さんがひどいというふうな話をされてたと
いうことなんですが、そのとき、シーツが赤くぬれてたというお話でしたか。」
原告:「はい。」
国代理人:「ベッドのシーツについて、何回も取り替えたんですか。それとも、1回取り替えた
とか、その辺はどうですか。」
原告:「覚えてないけど。」
国代理人:「覚えてないの。」
原告:「はい。」
国代理人:「その後、お医者さんが、陳述書によると、胎盤剥がしたとこから出血してるん
だろうと言ったということが書かれているんですが、そういうふうな話をお医
者さんがされたんですか。」
原告:「はい。」
国代理人:「その後、お医者さんが看護師さんに止血剤を持ってきてという話をした
ということですね。」
原告:「はい。」
国代理人:「その後、10分くらいして小さい瓶を看護師さんが持ってこられ
ましたということでしたね。」
原告:「はい。」
国代理人:「それは、小さい瓶ということなんですが、確認ですが、大きさってどれくらいの
瓶なんですか。」
原告:「大きいのに比べたら、小さい。」
国代理人:「大きいのに比べたら小さかった。両手で今枠を作っておられて、大体15センチぐ
らいですかねと思うんですけど。」
裁判長:「両手の人差し指と親指で作った丸ぐらい。」
原告:「はい。」
国代理人:「ちょっと人によって違うんですけれどもね。」
原告ら代理人北村:「女の人だと10センチぐらい。」

以下次回へ続く。