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相続法が変わった(4) 民法改正と遺言

2021年02月09日 カテゴリー:コラム, 遺産相続

相続法が変わった(4)

民法改正と遺言

 

1.

6年前、子どもはおらず配偶者は先に亡くなっている方(Aさん)の自筆証書遺言の検認手続きに立ち会ったことがある。

兄弟もすでに亡くなり、法定相続人は、甥や姪の計11名であった。

遺言検認の日には、そのうち7名の甥姪が家庭裁判所までやってきた。東京や広島や金沢の方たちも含まれていた。

自筆証書遺言は、近くで交流のあった一人の甥(Bさん)に全部相続させるという内容であった。

それを見た東京の甥が「少しはもらえるんですよね。」と言った。

私は、「兄弟には遺留分はありません。その子供さんである甥や姪にも遺留分はないので、全ての遺産は、

遺言によってBさんがもらうことになります。」と説明せざるを得なかった。

すると、今にも私の胸ぐらをつかまんばかりに近寄ってきて

「こんな遠くから出てきて、そんなこと言われるために出てきたのか!法律がどうであろうと許さんぞ!」と大声を出した。

他の甥や姪も私をにらみつけた。

私は単なる遺言執行者で、Aさんから遺言を預かっていたものである。

このような経験をしているので、遺留分のない方が相続人のケースでは、遺言の検認は気が重い。

また、遺言書の写しや作成した財産目録を送ることも躊躇される。Aさんのように遺産が3億円以上あったケースはなおさらである。

しかし、東京地裁の判例(2007年12月3日)は、

「遺言執行者は、遺留分が認められていない相続人に対しても、遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成して

これを交付するとともに、遺言執行者としての善管注意義務に基づき,遺言執行の状況について適宜説明や報告をすべき

義務を負うというべきである」

と判示し、遺留分を有しない相続人に対しても説明・報告義務があるという原則を述べた。 (民法1012条3項、同法645条)

ただし、説明・報告義務の内容については、個別事情を考慮した上で判断されるべきとの限定も付している。

そして、当該遺言執行者はこれらの義務に違反したとして、相続人から遺言執行者への損害賠償責任が認められている。

この判例に従うと、遺留分のない方に対しても少なくとも遺言書の写しと財産目録を送らなければならないことになる。

 

2.

年末に、「遺言を書き直したい」という依頼を受けた。

10年ほど前、公正証書遺言を作成したCさんからである。

以前は、お元気であったが、今は介護施設に入所し、車いす生活とのことであった。

子どももおらず、配偶者もおらず、兄弟姉妹は8人もいて、甥や姪が相続人となり、法定相続人は計12名以上となる方である。

私はその介護施設まで行って話を聞くことにした。

コロナ禍のため、介護施設では、入り口ドアすぐそばの狭いスペースに置いてある小さな机と

いす二つのところまでしか通してもらえなかった。そこへCさんが、施設長に車いすを押してもらって連れてこられた。

3.

「遺言の内容をどう変えたいのか」ということをまずお聞きし、法務局に遺言書を預ける

「自筆証書遺言保管制度」の方が安いのでこれを勧めようとした。

ところが、Cさんは、運転免許証を持っておらず、マイナンバーカードも申請しておらず、写真入りの証明書は全く持っていなかった。

マイナンバーは、かって国民総背番号制といわれ、国民の情報を国がすべて把握して、税金の補足や行動まで管理しようとするものということで、

申請したくないと言う。

それでは、自筆証書遺言保管制度は使えない。

「公正証書にしましょうか。」と言ってみたものの、なんと、Cさんは、住所を施設の住所に変更しており、

以前の印鑑カードは無効となっていた。今の住所で新たに印鑑登録をしないと、公証人が要求する本人証明書としての印鑑証明書が取得できない。

施設長は、「今はコロナが大変なことになっているので、役所へお連れすることもなかなかできない。

コロナが落ち着いてからしか役所へも連れて行ってあげられない」という。

 

そこで、私は、やむを得ず全部自筆で書いてもらう自筆証書遺言という方法をとらざるを得なかった。

そして、コロナがおさまった時に、公正証書遺言にするしかない。

 

4.

さて、公正証書遺言と自筆証書遺言保管制度のメリットは、検認の手続きが不要なことである。

一方、遺言執行者は、法定相続人全員に対して、遺言書の写しと相続財産目録を作成して送付しなければならないので、

結局、全法定相続人を把握し住所も調べなければいけない。               (民法1007条2項、1011条)

この点では、どの方式の遺言も手間は同じである。

5.

検認の手続きに手間取っている間に、遺言執行するより早く、預金の仮払い制度(2019年7月1日から開始)によって、

被相続人の預金から仮払いしてしまう法定相続人がいる場合もあり得る。

また、法定相続人の中に債務がある人がいた場合、その債権者が債権者代位権を行使して法定相続分どおり不動産の相続登記をして

債務者の持分を差し押さえてしまうということもあり得る。

その法定相続人に遺留分がない場合は、問題となる。

やはり、遺言執行を速やかに実行できる公正証書遺言が一番いいということになるのだろうか。

相続法が変わった(3) 「特別受益と遺留分の民法改正」

2021年02月09日 カテゴリー:コラム, 遺産相続

相続法が変わった(3)

「特別受益と遺留分の民法改正」

 

1.特別受益について、民法改正がなされた点は、

遺留分の算定の基礎となる財産の範囲を見直し、相続人に対する贈与であっても、

遺留分権利者に損害を与えることを知って行った贈与を除き、その持ち戻しは相続開始前10年以内にされた贈与に限る、とした点である。

旧法では、法定相続人に対する贈与は、10年以内という限定付けはなされていなかったものである。

この改正は、実務をやるうえで、結構大きな影響を与えるものと思う。

 

2.

(二男)「弟(三男)だけが大学へ行かせてもらっている。しかも私立だ。私も兄も母親には中学までしか行かせてもらえなかった。」

(三男)「兄さんだって大学まで行ってるじゃないか。」

(二男)「自分は親には中学までしか出させてもらえなかった。自分で働きながら夜間高校に行き、夜間大学まで行ったんだ。

お前のように全部母親に私立大学の学費や生活費をだしてもらっているわけじゃない。」

(長男)「僕は中卒ですよ。会社勤めをしても学歴がないから出世できなかった。それで会社を辞めて自営せざるをえなかったんだ。」

(二男)「お前だけだ。いい思いをしたのは。自分も兄貴(長男)も小学校のときから新聞配達をやらされて、給料全部を母親がとっていった。

中卒後就職したが、結婚するまでの間、給料のほとんどを母親がとっていった。」

(長男)「私は結婚しても、母親の要望で、母親や三男と同居したけれど、母親がきつい人で、やがて妻がうつ状態になってしまい、別居するしかなかったんだ。」

(二男)「自分もだ。兄貴夫婦が家を出たあと、どうしても自分に同居してくれと母親がいってきたから、嫁と一緒に同居した。嫁は働いていたが、

母親が何かにつけうるさく言うので、ノイローゼになってしまい、結局別居を選ばざるをえなかった。

弟は、自分や兄貴夫婦の苦労を知っていたのに、結婚しても母親と同居し続け、結局全部自分に相続させるという遺言を書かせたんだ。あまりに汚い。」

 

遺留分減殺請求訴訟における長男、次男と三男のそれぞれの主張であった。争点は多かったが、争点の一つは、

どこまで教育を受けさせてもらったか、私立大学まで行った三男に特別受益はあるかであった。

被相続人である母親は、たくさん土地を持っており、売れば、長男や二男も少なくとも高校ぐらいは出してやれたはずであった。

しかしケチであり、「お金がない。うちは貧乏だから」といって、長男と二男には就職させ、就職後の給料の大半を家に半ば強制的に入れさせていたのである。

三男は、国公立大学ではなく、私立大学(4年制)にまで行かせてもらっている。

40年以上前の私立大学の学費がいくらであるのか、その当時の生活費がいくらかかるのかの立証は、難しかった。

三男は、「自分は、飲食店でアルバイトをして、そのアルバイト代で学費も生活費も賄った。」と主張した。

そして、今も飲食店をやっている店主から、1970年頃に大卒の初任給より高いアルバイト料をもらっていたという書面まで取ってきた。

にわかに信じがたい書面であった。この件は和解が試みられたが、決裂し判決となった。国立大学卒の裁判官は三男の特別受益を認めてくれた。

改正後は、このように、し烈に戦ったことが、なつかしいなぁ、もう今後はこういう争いはほとんどなくなるのかな、ということになっていく。

 

3.教育だけではなく、通常の贈与であっても、10年より前の贈与であれば、遺留分を算定するうえで考慮されなくなる。

現在は、人生100年時代といわれているように、親世代はずいぶん長生きし、子どもが相続するときは、

60代70代になっていることもざらである。また、遺言をのこしていく方も増えた。

そうすると、10年より前に贈与した不動産や金銭、新築資金、嫁入り資金、というのも全く考慮されなくなる。

但し、これらは遺言があって、遺留分減殺請求の場面においてである。遺言がない場合の遺産分割協議では、

法定相続人であれば10年以上前の贈与であっても、その贈与の価額を加えたものを相続財産とみなして、各人の相続分を算定することとなる。

相続税と贈与税

2011年02月10日 カテゴリー:遺産相続

~弁護士北村明美(名古屋)の相続コラム~

 

名古屋は、今、税金に関する関心が高い。市民税を10%下げるために名古屋市議会のリコールを成立させ、圧勝して、再度、市長になり、自民党を離党した大村愛知県知事を誕生させた河村旋風が吹き荒れているからです(議員報酬に関する関心はもっと高いようですが…)。
民主党が舵を取る日本国は、法人税を引き下げることとし、ただでさえ財源がないので、相続税をあげることにしました。すでに、小規模宅地等の特例を受けることができる要件が厳しくなり、持ち家があったり、同居していない親族には、減額なしとなるなど相続税は上げられてしまっています。

さらに、基礎控除額を4割減らし、死亡保険金の非課税枠を縮小し、最高税率を引き上げるなど相続での税収入の増加を財源に当て込んでいると思われます。それでも足りなくて、消費税をやがては上げようとしています。一方で、景気対策として、贈与税を下げて、お金を持っている高齢者が子供や孫に生前贈与することにより、子供らがお金を使って経済を活性化してくれることも狙っています(親から20歳以上の子・孫に対する贈与税の税率構造の緩和や相続時精算課税制度の対象範囲を20歳以上の孫にも拡大)。

税法は、財源を確保したい財務省といい顔をしたい政治家のせめぎ合いによって、変更されたり、選挙が終わったら、増税されたりする不安定なものだと思います。また、何かを下げれば、何かを上げるというアメとムチによって、財源を確保してきました。相続税の値上げは、基礎控除額が、減ることによって、富裕層ではない人達にも相続税がかかってくる恐れがあるというので、関心が高いのです。

相続税や贈与税は、課税しやすい税であるといわれています。もともと相続税や贈与税は富の過度の集中や固定化を抑えるために導入されたものだからです。金持ちの富がそのまま代々受け継がれると、社会的・経済的地位も固定化されてしまうからです。

税務署の調査官は、相続税の調査をする際、初回から被相続人の預金口座の履歴やそれに関係すると思われる相続人の預金口座の履歴をもってきました。相続人が協力しないから履歴をとったわけではなかったので、驚きました。上手な調査官は、仏壇にまずお参りをして、相続人の心に入り込み、被相続人の趣味や財テク法を聞いて、財産を探っていきました。

最近、弁護士の脱税事件も大きく取り上げられています。ピエールカルダンの日本国内代理店を創業した社長は、弁護士でした。生前、スイス銀行で金融資産約25億円を運用していましたが、遺族がそれを隠して約11億円を脱税したとして、東京国税局が相続税法違反として横浜地検に告発しました(2011年1月18日夕刊)。その社長は、8年ほど裁判官をした後、弁護士に転じたとのことですが、商才に長けており、ブランドの商標権を大手メーカーに数十億円で売却し、その一部を自分が設立した香港の関連会社の口座経由でスイスの2つの銀行に送金し運用していたようです。

贈与税といえば、武富士の創業者の長男の贈与税をめぐる課税処分取消訴訟は、最高裁で2011年1月21日に口頭弁論が開かれ、2011年2月18日、長男が逆転勝訴してしまいました。
この裁判の争点は、長男の住所地が日本なのか、香港なのかでした。一審は、長男の勝ち、二審が国側の勝ちでした。長男は、武富士の香港子会社の役員を務めて、香港と日本を行き来しており、両方に住居がありましたが、長男が香港に赴任していた3年半のうち、約3分の2は香港に滞在し、現地で仕事もしていたことから生活の本拠地が日本とはいえないと最高裁は判示したのです。裁判長は、「著しい不公平感を免れない。長男側の行為は税回避目的だったが、租税法律主義による以上、やむを得ない」旨補足意見を述べたとのことです。
長男は、追徴課税された約1650億円をすぐに支払い、長い裁判を続けてきたので、国税局から返還されるのは、還付加算金がついて約2000億円になるというのです。贈与したものは、武富士株約1569万株を有するオランダ法人の株式の90%で、実質的には武富士の株式です。その評価が1330億。
税を逃れるため計画的に、長男にこれほどのものを贈与できるほど武富士の創業者は、高金利で貸し、厳しい取立てをすることによって、儲けてきたのです。

武富士は、2010年10月31日、更生手続開始決定がなされ、おそらく弁済は債権額のわずかになると思われます。過払い金返還請求権を有する債権者らは、「どうにかならないのか。」とヤキモキしています。

長男は、武富士の役員をはずれた後も大株主として隠然と取締役らに力をふるい、高額の株主配当を受け取っていたことはなかったのでしょうか。  武富士の更生管財人は、同社の更生手続申立代理人である小畑英一弁護士が選任されたため、過払債権者の立場にたって、管財業務をやってくれることは期待できないのではないか?と思われます。過払債権者が、直接、不法行為責任を問うしかないと思われますが、険しい道のりです。  なお、2000年の税制改正で、贈与する側か受ける側のいずれかが過去5年以内に日本に住んでいれば、海外資産も課税対象となりました。しかし、税法改正は、後手になることが多く、金持ちは今後もグローバルに税回避策をあみ出すことでしょう。  また、武富士の更生管財人は、国税局に対して、法人税を払いすぎてきたと主張して、還付請求の手続を始めているとのことで、一般国民としては、やりきれない思いが募ります。他のサラ金業者も同様のことをやると、財源がますます減少してしまうことになってしまいます。

 

ぜひ、相続に強い名古屋市(愛知・岐阜・三重)の北村法律事務所 弁護士北村明美(052-541-8111)へご連絡下さい。