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コラム

Monthly Archives: 7月 2013

カルテのないC型肝炎患者の闘い(4)

2013年07月10日 カテゴリー:C型肝炎給付金請求訴訟

舛添要一さんは、今は新党改革という弱小の党に属しているが、元は自民党である。
2007年8月、安倍晋三内閣に厚 生労働大臣として初入閣。安倍総理大臣がわずか1か月で退陣表明した後、福田康夫総理大臣となったが、その時も引き続き 厚生労働大臣を務めた。
そして、2008年1月、C型肝炎特別措置法などの制定にかかわったのである。 短期間に、カルテのある原告・弁護団の東京、大阪、名古屋 、福岡、仙台の訴訟の原告一律救済にこぎつけた経過が舛添さ んの「厚生労働省戦記」(中央公論新社)に書かれている。

まず、命のリスト(418人リストともいう。)問題が、マスコミで大きく報じられ、厚生労働省の怠慢が問題になった。4 18人リストとは、フィブリノゲン製剤によってC型肝炎に感染した418人の個人ごとの情報が記された症例リストであり 、三菱ウェルファーマー社から厚生労働省に、2002年、提供されていた。
厚労官僚は、舛添さんに418人リストには個人を特定できる情報は含まれていないとレクチャーした。そのため、2007年10月16日、舛添さんは民主党の福山議員が418人リ ストについて質問したことに対して、「国としては、誰々という個人名を特定できるリストを持っていない」と答弁したのである。
ところが、数日後、厚生労働省の地下3階の倉庫から個人を特定できる情報を含むリスト関連の資料が見つかった。 カルテのある全国原告団は記者会見し、山口美智子代表は、「今も感染を知らない人がたくさんいる。厚生労働省は事実にふたをしたかったのではないか。不作為どころか、悪意としか思えない」と批判した。 翌23日には、菅直人民主党代表代行らが厚労省地下3階倉庫に突入した。 こうして、418人リスト問題は、メディアを総動員する大問題になっていく。

国と製薬会社を追及する原告・弁護団、政府を追及する野党やメディア、それに対抗して保身を図る厚労官僚、法的整合性を維持しようとする法務官僚、財源がないと一点張りの財務官僚、それらの対立関係の中にあって、約2か月間で、この問題を解決しなければならなかったと、舛添さんは述べている。
役人たちの論理は、「これまで5つの地裁判決が言い渡されたが、これらの判断がすべて異なっており、救済対象を狭く限定した東京地裁判決の基準を超えて、広範囲に国の責任を認めることはできない。なぜなら、そうなれば、170人しかいない原告が1万人に膨れ上がる可能性があるからだ。しかも、B型肝炎や輸血によるC型肝炎感染者にも波及する可能性があり 、莫大な財政支出が不可欠となる」というものだった。
1万人という数字の根拠は、三菱ウェルファーマー社が算定したものである。 一方、カルテのある弁護団は、「提訴から6年が経ち、相談は1万件を超えるが実際原告になったのは約200人(2%)に とどまっている。また、カルテを保存している医療機関は7. 7%にしかすぎないので、国試算の数字に7.7%をかけても 1000人に満たない」と反論した。はじき出す数字が弁護団 と役人では全く異なる。
舞台は一番速く進んでいた大阪高裁が中心となり、水面下での交渉をしながら、同高裁は、予定よりも遅れて12月13日に、和解勧告骨子案と所見説明書を出した。骨子案は当事者間で調整中のため公表されず、所見だけが公表された。所見は「紛争の全体的解決のためには原告らの全員、一律、 一括の和解金の要求案は望ましいと考えている」としたが、これは「5地裁の判決に反する要求で、被告側の格段の譲歩がない限り、提示しないことにした。」 すると、原告・弁護団は、一律救済ではないとして、この勧告骨子案を即刻拒否した。 このような中、福田総理大臣の支持率は下がっていき、福田総理大臣の政治決断を求める声が広がっていった。賠償額の3分の2は、三菱ウェルファーマー社などのメーカーが負担し、国は3分の1を負担ということになり、一律救済という原告・弁護団の要求に応える意味で、基金を大阪高裁勧 告案より大幅にアップした30億円とするという努力を舛添さんはした。原告・弁護団は一律救済とならなかったので、12月20日 、政府の「全員救済」案を拒否し、和解協議は決裂した(原告・弁護団の拒否・決裂という決断はスゴイ!)。 しかし、世論の猛反発で、与党の中からも何とか解決策を見 い出すべきだという声が高まった。そして、与謝野議員は、議員立法による救済案を福田首相に進言してくれた。そして、福田首相は、議員立法で一律救済を行なうことを決めた。 このような息詰まる交渉と支持率の急落による政治決断などがあって、年が明けた2008年1月11日、参議院本会議でいわゆるC型肝炎特別措置法が全会一致で可決。15日には、厚生労働省の講堂で、原告・弁護団と舛添さんが基本合意書に調印した。

なんとダイナミックなC型肝炎特別措置法の成立過程だろう。
それに関わったカルテのある原告・弁護団、舛添さん、大阪高裁の裁判官、議員立法を進言したり作ってくれた議員の方々 、政府を批判してくれた野党、大きく報じてくれたマスコミなどに、感謝の気持ちでいっぱいになる。
カルテのある原告・弁護団が、交渉の過程で主張したとおり 、カルテが残っている病院はわずか7.7%にすぎず、ほとんどの方は、カルテのない患者である。すでに、カルテのある弁護団が救済した患者は1970人とも1985人とも言われている。それらの方々の製剤の種類、投与時期、投与した医療機関名・担当医師名、診療科、投与理由、輸血の有無の情報は、国が 保有している。 カルテのない患者にとって、どのような時期に、どのような診療科で、どのような投与理由で、どのような医療機関が、フィブリノゲン製剤等を投与し、患者はC型肝炎に感染したかの 情報を得ることは、自分達にもフィブリノゲン製剤を投与され たことが推定できる情報を得ることにつながる。

418人リストを厚労官僚の怠慢により放置した過ちを二度 と繰り返さないよう、国には、1985人リストを1日も早く開示してもらいたいと、カルテのない患者達は、切望している 。